2018年9月18日火曜日

vol.1711 この世の有様は過ぎ去る

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 先週末(一昨日の16日)で、ちょうど一ケ月が経った。
 定点観測ではないけれど、以前の更新(vol.1699)と比較してみたら、空が夏から秋へ、過ぎ去った台風21号により桜の葉がめっきり少なくなっていた。
 下の写真がそれで、画面奥は(言わずもがな)テレビ塔です。
 

 この数年間、僕の周囲はあたかも漱石の『道草』の結末のようで、主人公である健三の気持ちがよく分かることから、せめても月に一度の大切な休日は大事に過ごたいと心底思う(僕のささやかな願いの一つです)。

 以下は余談。
 前回の更新(vol.1710)で、物凄くお年寄りに見える、と書きましたが、同日(一昨日の16日)某所にて、30代後半に間違えられて、嬉しいやら、恥ずかしいやら。

2018年9月15日土曜日

vol.1710 手(の甲)や腕に浮き出る血管について

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 人前で彫刻の技を披露すると、当然のことながら、多くの人たちの目に触れるのが、僕の手。ずいぶん前にも同じようなことがあったけれど、自分の手と他人の手を並べて目にする機会があった。そして、自分では何とも思わない、というか、これも僕らしいと密かに思っているのだけれども、他人にはとても驚かれたり、不気味がられることがある。それは僕の手(の甲)や腕に浮き出る血管だ。
 下の写真がそれで、僕の手の浮き出た血管を目にしたら、物凄くお年寄りの手に見えるのは、悲しいかな、紛れもない事実。
 

 美容の世界では、「ハンドベイン」と呼ばれているようで、病気ではなくて、手の血管が浮き出る原因は加齢(老化)によるものであるとか。つくづく男として生まれてきて良かったと。
 中学生の頃、映画館で見たアニメ「風の谷のナウシカ」で、登場するおじいさんが「わしらの姫様はこの手を好きだと言うてくれる。働き者のきれいな手だと言うてくれましたわい」というセリフの出てくるシーンがあるのだけれど、苦労した僕の手を見て、そう言ってくれる人は誰もいない。
 ただし、甥っ子や姪っ子がまだ幼かった頃、僕の手の浮き出た血管を目にして、自分たちの手にはないことから、とても不思議がって、指でつまんだりして、面白がっていたのだ。
 僕は「手は人生を語る」と考えている。傷ひとつない手だったり、大きな手だったり、しわくちゃの手だったりと、言うまでもなく、いろんな人がいるように、いろんな手がある。

2018年9月14日金曜日

vol.1709 すいとぴあ江南の円空彫り講座 

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 今日の午後は江南市にあるすいとぴあ江南へ行きました。
 

 5回目(最終回)となる円空彫り講座のお手伝いで、とにもかくにも、受講生の皆さんに喜んでいただき、また、刃物を使うことから、誰もケガをしなかったことが幸いでした。
 受講生の中から、「来年もぜひ」という声もあり、そうなればいいのにな、と(一人でも多くの人たちに円空さんと円空彫りの楽しさを知ってもらいたいという意味も含めて)。
 文末になってしまいましたが、すいとぴあ江南の館長様をはじめとする関係者の皆様には、大変お世話になりました。この場を借りて、お礼申し上げます。

 以下は余談。
 僕個人としては、もう何年もすいとぴあ江南での円空彫り講座のお手伝いさせていただいていますが、ただし今年に限っては、指導方法などで、多少なりともストレスを感じる内容でした。

2018年9月11日火曜日

vol.1708 久しぶりの一宮円空会

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 今日の午後は長谷川公茂先生が講師を務める一宮円空会へ顔を出しました。先月の講座は会場となっている多目的室が都合により使えなかったことから、お休みでした。
 下の写真は今日の講座のテキストで、『安心決定鈔』です。
 

 さらに『正法眼蔵』菩提薩埵四摂法から、以下の箇所についての講話がありました。
 「愛語というは、衆生を見るに、先ず慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり。慈念衆生猶如赤子の懐いを貯えて言語するは愛語なり。徳あるは讃むべし、徳なきは憐むべし。怨敵を降伏し、君子を和睦ならしむること愛語を根本とするなり。面いて愛語を聞くは面を喜ばしめ、心を楽しくす。面わずして愛語を聞くは肝に銘ず、愛語能く廻天の力あることを学すべきなり」。

2018年9月9日日曜日

vol.1707 お礼を言わない子どもたち

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 今日の午前中、某所の集会にて、小学生の女の子たちなのだか、お菓子(今回はチョコレート)をあげても、お礼を言わない。僕には子どもがいないので、うかつなことは言えないけれど、今どきの子どもたちは皆、そうなのかと思ってしまう。
 先に書いておくと、僕としては、子どもたちが笑顔になってくれたら、それでいいと思っているだけで、お礼を言って欲しいわけじゃないし、強要するつもりもない。
 お菓子は子どもたちへ無理にあげている(受け取らせている)わけではないことから、本人も親も欲しくないなら、「いらない」「結構です」と言ってくれたら、それでいいのに、それも言わない。
 子どもたちは無表情で、ただ黙って受け取るだけ。実に寂しい。僕はニコニコと笑顔で、チョコレートを配っていたけれど、惨めな気持ちにさえなった。
 お礼を言わない子どもたちについて書いたけれど、子どものいない僕には発言権はないのかもしれない。もしそうであるなら、日本社会は少子化により社会全体で子育てを、と叫ばれているけれど、僕には何の係わりもないことだ。
 最後に忘れずに書いておくと、お礼を言わない子どもたちについては、子どもは大人を映す鏡だから、原因は僕も含めて、大人たちにあるのだろう。だから僕は、お礼を言わない子どもたちを責めるつもりはない。

 以下は余談。
 このブログでたびたび登場する甥っ子が小学生だった頃、いつも外出先で、お礼の「ありがとう」を、あまりに大きな声で言うことから、隣にいた僕は驚いたことが何度もあったけれど、今から思えば、あれが正しかったのだ。

2018年9月7日金曜日

vol.1706 すいとぴあ江南の展望台から

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 今日の午後は先週と同様、すいとぴあ江南へ行き、円空彫り講座のお手伝いをしました。
 下の写真はすいとぴあ江南にある展望台から眺めた景色で、画面右奥に名古屋駅の周辺に建つビルがかすかに見えます。
 

 下の写真は同じく展望台から眺めた木曽川の川岸で、NHKの連続テレビ小説「半分、青い。」のロケ地の一つになった場所です。
 

 僕は番組を見ていませんが、話題になった場所ということで、教えていただきました。

2018年9月6日木曜日

vol.1705 Enku Buddhist sculptures


 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 以前の更新(vol.1662)で書いた「深み 日本の美意識を求めて(A PLUNGE INTO JAPANESE AESTHETICS」)」が無事に閉幕したというお知らせを読みました。
 フランスの人たち(観客数36000人)にどれだけ円空さんの素晴らしさが伝わったのか、僕には分かりませんが、ピカソの作品と並べて展示されたらしい。
 展覧会図録が展示風景を収録して、来年2月頃に発行されるとのことで、今から楽しみです。