2018年4月30日月曜日

vol.1622 『ヨハネによる福音書』第一三~一四章(自己解説)

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 前々回の更新(vol.1620)からの続きで、『ヨハネによる福音書』第一三章については、ユダについて記された箇所がどうしても気になります。

 二 夕食のとき、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていたが、
 二一 イエスがこれらのことを言われた後、その心が騒ぎ、おごそかに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」。
 二二 弟子(でし)たちはだれのことを言われたのか察しかねて、互に顔を見合わせた。
 二三 弟子たちのひとりで、イエスの愛しておられた者が、み胸に近く席についていた。
 二四 そこで、シモン・ペテロは彼に合図をして言った、「だれのことをおっしゃったのか、知らせてくれ」。
 二五 その弟子はそのままイエスの胸によりかかって、「主よ、だれのことですか」と尋ねると、
 二六 イエスは答えられた、「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、それである」。そして、一きれの食物をひたしてとり上げ、シモンの子イスカリオテのユダにお与えになった。
 二七 この一きれの食物を受けるやいなや、サタンがユダにはいった。そこでイエスは彼に言われた、「しようとしていることを、今すぐするがよい」。

 同章のユダについて記された箇所以外に、イエスの言葉で僕の心に残ったのは以下の一文。

 一五 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本を示したのだ。

 お手本があるならば、後はそれを模倣するかどうか。そして、模倣の先には、とここまで書いて、学生時代に勉強したガブリエル・タルド(1843~1904)を僕はふと思い出した。

 続けて、『ヨハネによる福音書』第一四章については、イエスがどれだけ偉大であったかを感じさせます。

 九 イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。

 一七 それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあなたがたと共におり、またあなたがたのうちにいるからである。

 二七 わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。
 

 イエスは「平安」を残し、与える。それによって、心を騒がすことも、おじけることもない。何と力強いのだろう、と。
 「楽は下にあり」を信条とする僕には、名誉欲とか、そうした類は微塵もないけれど、自分が生きた証として、イエスが与える平安のようなものが残せたなら、何と素晴らしいことだろう、と心の底から思う。
 僕が大好きな円空仏は、その微笑みを拝むだけで、拝んだ人たちが「平安」に似た気持ちになるのを知っているからだろうか。

 以下は余談。
 一昨日(28日)に2回、更新したことから、昨日(29日)は更新しませんでした。ブログを続けている9年間の中で、同日に2回、更新したのは、昨年の12月中旬以来、2度目のことでした。

2018年4月28日土曜日

vol.1621 ZARAのノベルティ オリジナル風呂敷&リングセット

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 今日は栄へ行きました。
 お昼前、名古屋パナソニックビルの屋上にある看板に設置された温度計を見上げると、下の写真にあるように気温が23度となっていました。
 

 例によって、ZARA名古屋店で買い物(スニーカーとTシャツを購入)をしたら、「4/28(土)から4/30(月)の期間中お買い上げのお客様にオリジナル風呂敷&リングセットをプレセント」ということで、下の写真にあるように僕もゲットしました。
 

 リングを用いた風呂敷バッグは色といい、柄といい、僕には使えないことから、姪っ子にあげたいと思います。

vol.1620 『ヨハネによる福音書』第一〇~一二章(自己解説)

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 前回の更新(vol.1619)からの続きで、『ヨハネによる福音書』第一〇~一二章について。いささか駆け足気味ながらも、とりわけ第一二章の話題に触れたい。その理由は後ほど。

 第一〇章
 一六 わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。
 一七 父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。命を捨てるのは、それを再び得るためである。
 一八 だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。わたしが自分からそれを捨てるのである。わたしには、それを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである」。

 第一一章
 四一 人々は石を取りのけた。すると、イエスは目を天にむけて言われた、「父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します。
 四二 あなたがいつでもわたしの願いを聞きいれて下さることを、よく知っています。しかし、こう申しますのは、そばに立っている人々に、あなたがわたしをつかわされたことを、信じさせるためであります」。
 四三 こう言いながら、大声で「ラザロよ、出てきなさい」と呼ばわれた。
 四四 すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。イエスは人々に言われた、「彼をほどいてやって、帰らせなさい」。

 第一二章
 三 その時、マリヤは高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった。
 四 弟子のひとりで、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った、
 五 「なぜこの香油を三百デナリに売って、貧しい人たちに、施さなかったのか」。
 六 彼がこう言ったのは、貧しい人たちに対する思いやりがあったからではなく、自分が盗人であり、財布を預かっていて、その中身をごまかしていたからであった。
 七 イエスは言われた、「この女のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それをとっておいたのだから。

 二七 今わたしは心が騒いでいる。わたしはなんと言おうか。父よ、この時からわたしをお救い下さい。しかし、わたしはこのために、この時に至ったのです。
 二八 父よ、み名があがめられますように」。すると天から声があった、「わたしはすでに栄光をあらわした。そして、更にそれをあらわすであろう」。

 三五 そこでイエスは彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなたがたと一緒にここにある。光がある間に歩いて、やみに追いつかれないようにしなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこへ行くのかわかっていない。
 三六 光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい」。

 つい長々と引用したが、そのいずれもが僕の胸に響く言葉である。とりわけ第一二章は僕が『聖書』、この場合は『ヨハネによる福音書』を深く読むきっかけとなったのである。少し前の更新(vol.1606、vol.1608)でも書いたけれど、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の冒頭に、それが出てくる。

 二四 よくよくあなたがたに言っておく、一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。

 『ヨハネによる福音書』の中から、上記はドストエフスキーが選んだイエスの言葉で、下記は(今の)僕が選んだイエスの言葉。

 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこから来て、どこへ行くかは知らない(第三章八節)。

 イエスが語る数ある中から選んだ言葉には、その人の人生観が凝縮されているのだ、と。
 

2018年4月27日金曜日

vol.1619 『ヨハネによる福音書』第九章(自己解説)

 前回の更新(vol.1618)からの続きで、『ヨハネによる福音書』第九章について。

 第九章
 五 わたしは、この世にいる間は、世の光である。」
 六 イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた。
 七 「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
 

 二〇 両親は答えて言った、「これがわたしどものむすこであること、また生れつき盲人であったことは存じています。
 二一 しかし、どうしていま見えるようになったのか、それは知りません。また、だれがその目をあけて下さったのかも知りません。あれに聞いて下さい。あれはもうおとなですから、自分のことは自分で話せるでしょう」。

 四一 イエスは彼らに言われた、「もしあなたがたが盲人であったなら、罪はなかったであろう。しかし、今あなたがたが『見える』と言い張るところに、あなたがたの罪がある。

 上記の文章を読んだ後、僕自身は目が見える大人だけれども、イエス(「世の光」)がちゃんと見えているのかと、いつも自問自答してしまう。
 あなたにはイエス(「世の光」)が見えますか。

 以下は余談。
 今日は所用で岐阜県の某所へ行き、午後、岐阜市内を走ったことから、美江寺観音を久しぶりに参拝して、短い時間ながら、ご住職様と楽しくお話させていただきました。
 

 美江寺観音はブログにも書いているとおり(vol.682、vol.698など)、5年前から円空仏の関係で、たびたびお世話になっています。参考までに記すと、美江寺観音の円空仏は毎月18日にご開帳されます。

2018年4月26日木曜日

vol.1618 『ヨハネによる福音書』第七、八章(自己解説)

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 前々々回の更新(vol.1614)からの続きで、『ヨハネによる福音書』第七章と第八章について。

 第七章
 一八 自分から出たことを語る者は、自分の栄光を求めるが、自分をつかわされたかたの栄光を求める者は真実であって、その人の内には偽りがない。

 第八章
 六 彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。
 七 彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。
 

 五七 そこでユダヤ人たちはイエスに言った、「あなたはまだ五十にもならないのに、アブラハムを見たのか」。
 五八 イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。

 イエスは地面に何をお書きになられていたのか。僕にはとんと分からない。ただし、僕にはイエスの行動(の意味)が分かる。なぜなら、僕も同じだから。
 「昨日の記憶」や「今日の記憶」と題して、過去にブログで何度も書いたとおり、ただ文字を書くという行為に没頭するだけだ。別段、書道家のように書いたりするのではなく、ただ文字を繰り返し呪文を唱えるように書き続けるのだ。
 そして、僕はあと数年で、悲しいかな、馬齢を重ねて、五十歳になる。

 以下は余談。
 いつもお世話になっている「円空仏彫刻・木端の会」のM様から素敵な詩を紹介していただきました。
 下の写真がそれで、渡辺和子著『美しい人に』(PHP研究所)に載っているとのこと。
 

2018年4月25日水曜日

vol.1617 「懐かしい」という言葉の時間差は重みである

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 前回の更新(vol.1616)からの続きて、昨日の午前中は長谷川公茂先生と楽しい円空談義でした。
 会話の最中、「懐かしい」という言葉が出ました。
 下の写真は僕が愛用している『ベネッセ表現読解国語辞典』で、「懐かしい」の項目です。


 例文には、「学生時代が懐かしい」とあり、僕自身も、例えばブログの中において、そうした表現で、過去に何度も使っています。
 しかしながら、長谷川先生の口から出た「ああ、懐かしいですね」は僕が生まれる以前(50年以上前)のことで、僕の口から出る「学生時代が懐かしい」は約25年前。同じ単語でありながら、その時間は四半世紀も違っていました。
 至極当然のことながら、長谷川先生と僕とでは、いわゆる「言葉の重み」が違うということ。

 以下は余談。
 某寺蔵の円空仏について、僕は人一倍、詳しいと自負していたけれど、知らないことが出てきた。それについての悉皆調査をした資料や『円空研究』などを手当たり次第、読んでみたのだが、載っていない。調べてみても、一向に分からなかったので、長谷川先生にお聞きしたところ、やはりご存じであった。「逆立ちしても」というのは、こういうことを指すのだろうと。

2018年4月24日火曜日

vol.1616 長谷川公茂先生は現代に生きる円空さん

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 今日の午前中は長谷川公茂先生とお会いして、円空さんに関する打ち合わせでした。
 打ち合わせの後、喫茶店へ行き、下の写真にあるように少し遅いモーニングを食べながら、長谷川先生との楽しい円空談義で、幸せな時間を過ごしました。
 

 円空さんに関しては、長谷川先生しか知らないこと、長谷川先生に教わらないと分からないことだらけで、教わったことはすべて僕のかけがえのない財産です。
 長谷川先生は僕が生まれる前から円空さん一筋ですから。まさに現代に生きる円空さんと言っても過言ではありません。

2018年4月23日月曜日

vol.1615 全国消防カードのトレード(交換)

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 久しぶりに公共配布カードの話題を。
 ブログをお読みいただいていたr51様から、全国消防カードをトレード(交換)していただきました。
 下の写真がそれで、この場を借りて、お礼申し上げます。
 

 引き続き、公共配布カードのトレード(交換)を希望しています。詳細については、こちら をご参照ください。

 以下は余談。
 外はすこぶる好い天気だというのに、今日は一日、いわゆる缶詰め状態であった。惜しいことをした。パソコンに向かい、座りっぱなしで、コーヒーを何杯もおかわりした。しかしながら、今日という一日がおよそ30年先までの、既に僕は生きていないだろう未来のために役立つのだと思えば、嬉しくもある。

2018年4月22日日曜日

vol.1614 『ヨハネによる福音書』第六章(自己解説)

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 前々回の更新(vol.1612)からの続きで、『ヨハネによる福音書』第六章についての話題に触れたい。

 一〇 イエスは「人々をすわらせなさい」と言われた。その場所には草が多かった。そこにすわった男の数は五千人ほどであった。
 一一 そこで、イエスはパンを取り、感謝してから、すわっている人々に分け与え、また、さかなをも同様にして、彼らの望むだけ分け与えられた。

 一九 四、五十丁こぎ出したとき、イエスが海の上を歩いて舟に近づいてこられるのを見て、彼らは恐れた。
 二〇 すると、イエスは彼らに言われた、「わたしだ、恐れることはない」。

 三五 イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない。

 四七 よくよくあなたがたに言っておく。信じる者には永遠の命がある。
 四八 わたしは命のパンである。

 五三 イエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。
 五四 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終りの日によみがえらせるであろう。
 五五 わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物である。

 上記はご存知のとおり、第六章からの引用である。それぞれが大事なことであるのは言うまでもない。
 が、しかし、僕にとっての第六章は下記に収斂される。

 六七 そこでイエスは十二弟子に言われた、「あなたがたも去ろうとするのか」。
 六八 シモン・ペテロが答えた、「主よ、わたしたちは、だれのところに行きましょう。永遠の命の言をもっているのはあなたです。
 六九 わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」。
 七〇 イエスは彼らに答えられた、「あなたがた十二人を選んだのは、わたしではなかったか。それだのに、あなたがたのうちのひとりは悪魔である」。
 七一 これは、イスカリオテのシモンの子ユダをさして言われたのである。このユダは、十二弟子のひとりでありながら、イエスを裏切ろうとしていた。
 

 ユダの存在こそが僕にとって、『ヨハネによる福音書』の続きを読ませるのだ。なぜなら、理由はここ(vol.1548、vol.1557、vol.1562、vol.1581)に書いてある。

2018年4月21日土曜日

vol.1613 造仏作善と『般若心経』

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 連日、『聖書』の「ヨハネによる福音書」について更新しているが(vol.1610、vol.1611、vol.1612)、ご存知のとおり、僕はキリスト教信者ではなく、れっきとした仏教徒だ。
 木彫りの仏像(円空仏の模刻)をこれまでに5000体以上、彫っている。そうしたことについては、過去、千体仏に挑戦したりと、ブログで何度も書いた。いわゆる「造仏作善」である。
 この春からは何か新しいことを始めたいと思い、朝、昼、晩と、決まって『般若心経』を唱えることにしている(できなかった場合は就寝前などにまとめて唱えているけれども、家の者から「怖い」と不評)。
 もちろん、これまでにも折にふれて、『般若心経』を何度となく唱えている。けれども、それは一旦、リセットして、年に1000回以上を唱えることで、それを続けていけば、いつかは積み重なっていく。
 『般若心経』を必ず唱えることで、別段、何かを得ようというわけではなく、これも人生修行の一環だ。せっかく阿弥陀様から与えられた限りある命だから。その日まで。
 「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。「南無阿弥陀仏」。
 『般若心経』だけでなく、もちろん「お十念」も忘れずに唱えています。

 以下は余談。
 今日の午前中は小牧市にあるメナード美術館へ行き、明日までが前期展示ということで、所蔵企画展「ひと 人・顔・姿」を見てきました。
 下の写真がそれで、入口にいた係員さんによると、どうやら一番乗りのようでした。
 

2018年4月20日金曜日

vol.1612 『ヨハネによる福音書』第五章(自己解説)

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 前回の更新(vol.1611)からの続きで、『ヨハネによる福音書』第五章について。

 五 さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。

 いったい何の病気なのかは分からない。「盲人」なのか、「足なえ」なのか。
 単純に考えると、38歳以上の、現代ならば、中年男性ということになる。ならば、彼を自分自身と仮定して、次に続くエピソードを読み進めたならば、人の振り見て我が振り直せ、と諭されているような気がするのは、きっと僕だけではないはずだ。

 一四 そののち、イエスは宮でその人と出会ったので、彼に言われた。「ごらん、あなたはよくなった。もう罪を犯してはいけない。何かもっと悪いことが、あなたの身に起こるかもしれないから。」

 彼の未来はいったいどうなったのであろうか。

 三九  あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
 

 『聖書』の中に答え(「永遠の命」)はない。イエスその人こそが答えであるから、と。仮に答えがあるとしたら、それは一人ひとりの人の中に、そして僕の中にもあるのだと、イエスは教えてくれている。なんとありがたいことだろう。

 以下は余談。
 昨年末の更新(vol.1546)で、今、読んでいるお気に入りの漫画について書きました。『別冊マーガレット』に連載中の安藤ゆき「町田くんの世界」(集英社)と『ベツコミ』に連載中の八寿子「こんな未来は聞いてない!!」(小学館)が最終回でした。両作品とも途中、ストーリーに凄く引き込まれて、楽しみに読んでいました。『ココハナ』に連載中の森本梢子「アシガール」(集英社)は果てしてどんな結末になるのか。

2018年4月19日木曜日

vol.1611 『ヨハネによる福音書』第四章(自己解説)

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 前回の更新(vol.1610)からの続きで、『ヨハネによる福音書』第四章にて、僕が深く感じた(感銘を受けた)のは、サマリアの女に対するイエスの言葉である。

 六 そこにヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れを覚えて、そのまま、この井戸のそばにすわっておられた。時は昼の十二時ごろであった。
 七 ひとりのサマリヤの女が水をくみにきたので、イエスはこの女に、「水を飲ませて下さい」と言われた。

 僕が思うに大事なことは、イエスから話しかけた(そして、会話が続いて行く)ということ。

 一三 イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
 一四  しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。

 イエスが語る一つひとつの言葉の中に深い意味があるのはもちろんのことですが、それを自分自身に置き換えると、さらにとても奥深く感じます。

 二五 女はイエスに言った、「わたしは、キリストと呼ばれるメシヤがこられることを知っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを知らせて下さるでしょう」。
 二六 イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。

 僕の人生にも、そうした出会いがあった。それが何よりの喜びだ。だから、イエスの言葉に心を打たれるのかもしれない。
 『ヨハネによる福音書』第五章以降(の自己解説)は別の機会に。

 以下は余談。
 長年、目を通している『パブリッシャーズ・ビュー』の今号には、下の写真にあるように「継続送付のご希望」に関するお知らせが同封されていた。
 

 出版不況で書籍の売上が苦しく、経費節減の一環だろうと想像して、葉書を送るのを止めることにした。少しでもお役に立てば、と思う。

2018年4月18日水曜日

vol.1610 『ヨハネによる福音書』第一章から第三章まで(自己解説)

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 前々回の更新(vol.1608)からの続きで、『ヨハネによる福音書』の話題を。

 第一章一~三
 「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。」

 初めに読んだのは高校生の頃だったと記憶している。そして、『聖書』の文中で、最もよく覚えているというか、思い出す。なぜか。理由は簡単だ。僕にも自分の名前があって、この世に生まれ、こうして今、生きているから(厳密に言えば、生かされているから)。つまりはそういうことだ(まるで禅問答みたいな書き方だけれど)。

 第二章については、前々回の更新(vol.1608)で触れたとおり。
 四、「イエスは母に言われた。『婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません』 」。
 上記の言葉の意味を考えたら、まるで僕自身のことを指すかのようで、心臓の鼓動が速くなりました。

 第三章八
 「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこから来て、どこへ行くかは知らない。」
 

 この風が持つ意味について、僕が尊敬する恩師に教わったのは、「生きることの味わいを深めることができる」ということ。僕なりには、バイクで風を感じたことは「人生の喜び」だ。
 第四章以降は、続けて記すと長文になることから、またの機会に。

2018年4月17日火曜日

vol.1609 長谷川公茂先生と幸せな時間 すいとぴあ江南の翠江亭にて

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 今日は長谷川公茂先生と楽しい円空談義で、幸せな時間を過ごしました。
 午前中、長谷川先生と円空さんに関する大事な打ち合わせ(4件)。
 続けて、長谷川先生と一緒にすいとぴあ江南へ行き、館長様と職員のA様と談笑した後、昼食。
 下の写真はすいとぴあ江南のレストラン翠江亭で食べた「吉乃御膳」です。
 

 昼食後、長谷川先生から円空さんに関するマンツーマンの指導でした。
 下の写真は長谷川先生が撮影した円空仏の写真です。
 

 すいとぴあ江南では、毎年恒例の「江南藤まつり」に合わせて、下の写真にあるように甲冑が飾られていました。
 

 文末になってしまいましたが、すいとぴあ江南の館長様と職員のA様には、大変親切にしていただきました。この場を借りて、お礼申し上げます。

 (追記)円空さんに関するお知らせ
 少し前からのことになりますが、尾張旭市にあるスカイワードあさひにて、庄中観音堂の円空仏が常設展示されています(詳細は こちら)。
 今月末のことになりますが、津島市の尾張津島藤まつりにて、千体仏地蔵堂の円空仏がご開帳されます(詳細は こちら)。
 少し先のことになりますが、笠松町の中央公民館で、笠松歴史未来館の開館3周年を記念して、長谷川公茂先生の講演会が行われます(詳細は こちら)。

2018年4月16日月曜日

vol.1608 腐臭、そんな一瞬、一本の葱、ガリラヤのカナ

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 前々回の更新(vol.1606)に関連して、昨日の午後はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を手に取ってしまいました。
 第二部第六編三( I )「地獄と地獄の火について。神秘的な考察」の文末にある「長老逝去の知らせはただちに僧庵にひろまり、修道院にも達した」から読み始めて、第三部第七編アリョーシャの「腐臭」、「そんな一瞬」、「一本の葱」、「ガリラヤのカナ」まで、わずか70ページですが、主人公アリョーシャ、ゾシマ長老、パイーシイ神父、ラキーチン、グルーシェニカが登場して、イエスが最初の奇跡を起こす(後述『ヨハネによる福音書』第2章1-10節の引用)と、ゾシマ長老の声「なぜ、わたしを見ておどろいている? わたしは葱を与えたのだ、それでここにいるのだよ。ここにいる大部分の者は、たった一本の葱を与えたにすぎない、たった一本ずつ、ちいさな葱をな(中略)お前も、もの静かなおとなしいわたしの坊やも、今日、渇望している女に葱を与えることができたではないか」を耳にしたアリョーシャが星空の下、大地を抱きしめた後、立ち上がる。

 (『ヨハネによる福音書』第2章1-10節)
 「三日目にガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。
 ぶどう酒がなくなったので、 母がイエスに言った。『ぶどう酒がなくなってしまいました』。
 イエスは母に言われた。『婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません』 母はしもべたちに言った。「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」。
 イエスは彼らに「かめに水をいっぱい入れなさい」と言われたので、彼らは口のところまでいっぱいに入れた。そこで彼らに言われた、『さあ、くんで、料理頭のところに持って行きなさい』。すると彼らは持って行った。
 料理頭は、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだしもべたちは知っていた)花婿を呼んで言った。
  『どんな人でも、初めによいぶどう酒を出して、酔いがまわったころにわるいものを出すものだ。それだのに、あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました』」

 僕は引用されている『ヨハネによる福音書』第2章の箇所を読むたびに、実に奥深いなと感じます。

 以下は余談。
 今日のお昼休みは近くにあるセカンドストリートへ行き、流行遅れという理由から買い叩かれたであろう夏服の掘り出し物を見つけました。
 

2018年4月15日日曜日

vol.1607 「杣」についての(ちょっとした)考察

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 昨日の午後、いつもお世話になっている「円空仏彫刻・木端の会」のMさまと会話していた際、「杣」という言葉について話題となったことから、少しばかりの雑文を綴りたい。

 Wikipediaで「杣」の項目を読むと、以下のように書かれていたので、引用すると、

 杣(そま)とは、
 古代・中世の日本で国家・権門が所有した山林のこと。
 上記の杣から伐り出された木のこと。
 上記の杣において働いている人のこと。近世・近代の日本では転じて林業従事者一般の意味で用いられるようになった。杣工
 比叡山の山林の中に建立された延暦寺の僧侶が、寺のある比叡山を上記の杣になぞらえて自称した呼称。

 とある。
 次に『広辞苑』を引いて、それを以下に記すと、

 「杣」
 1、樹木を植えつけて材木をとる山。そまやま。万一一「宮木ひくいづみの に立つ民の」
 2、杣山から伐り採った材木。そまぎ
 3、杣木を伐り採ることを生業とする人。きこり。そまびと。→わがたつそま

 とあり、続けて、「わがたつそま」を引くと、

 「我が立つ杣」
 1、自分の住む山。自分の住む寺。
 2、(伝教大師の「阿耨多羅三藐三菩提の仏たち我が立つ杣に冥加あらせたまへ」の歌によっていう)比叡山を指していう語。

 とある。ちなみに『般若心経』にも出てくる「阿耨多羅三藐三菩提」とは、最高の悟りを意味しています。
 他にも、ユニークな解釈の『新明解国語辞典』で、「杣」を引いて調べてみたいが、残念ながら、今は手元にない。
 さらに僕がひそかに愛用している某辞書で、「杣」を引くと、以下のように記されていたので、引用すると、

 1、「杣山」の略。植木して、木を切り出す山。「宮材引く泉の に立つ民のいこふ時なく恋ひ渡るかも」(万葉・一一・二六四五)
 2、「杣木」の略。杣山から切り出した材木。
 3、「杣人」の略。「材木を吉野の に三百余物(本)作らしめて」(今昔・一二・二〇)
 4、「比叡山」の異略。(参考)比叡山延暦寺の根本中堂を建立したとき、伝教大師が詠んだ「阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわが立つ杣に冥加あらせ給へ」(新古今・釈教)による。

 つい長々と引用してしまったが、僕にとって、「杣」とは第一に「比叡山」を象徴する(イメージする)言葉なのである。黒谷、無動寺谷、横川、根本中堂。
 『小倉百人一首』にて、慈円(1155~1225)の詠んだ、人に広く知られる「おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖」を引き合いに出す必要もないだろう。
 文末になってしまいましたが、きっかけを与えて下さった知的好奇心旺盛な「円空仏彫刻・木端の会」のMさまに感謝の言葉を記しておきたい。ありがとうございました。

 以下は余談。
 昨日は久しぶりに喫茶「すみれ」へ足を運んで、「円空仏彫刻・木端の会」の I さまと昼食をご一緒して、下の写真にあるようにスパゲティを食べました。
 

2018年4月13日金曜日

vol.1606 今日読んだ本とドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」

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 前回の更新(vol.1605)から続けて、今日の午前中、少し前から気になっていた本にざっと目を通しました。
 下の写真がそれで、五木寛之『孤独のすすめ』(中公新書ラクレ)と『百歳人生を生きるヒント』(日経プレミアシリーズ)、佐藤雅彦『新しい分かり方』(中央公論新社)です。
 



 上記の他にも、下重暁子『極上の孤独』(幻冬舎新書)、瀬尾まなほ『おちゃめに100歳!寂聴さん』(光文社)に目を通しました。
 読んだ感想は、特段、何もありません。本を読んだくらいで、人生観は変わったりしないから。
 いつぞやも書きましたが、僕が人生の中で、最も凄いと感じた本は、学生時代に読んだドストエフスキー著・原卓也訳『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫)で、これを超える本には未だに出合っていません。
 読んだ感想は、以前の更新(vol.402、vol.408、vol.481)に書いています。
 僕にとって、『カラマーゾフの兄弟』は折にふれて、ふっと、あるいは何度でも読みたくなり、どこかを抜粋して読み始めると、そこから時間も食事も何もかも忘れて、没頭してしまうといった具合で、本当に怖いくらい凄い本です。

2018年4月12日木曜日

vol.1605 今日の記憶と読んだ本

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 小見出しのとおりで、それが下の2枚の写真です。
 


 書きたいことは多々あるのですが、最近の更新をお読みいただいても分かるように、ブログにありがちな、ただ写真だけを並べてアップするお粗末な内容に抵抗を感じています。

2018年4月11日水曜日

vol.1604 趣味は木彫り

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 ブログ画面右上にあるプロフィール欄に「趣味は木彫り」と書いておきながら、最近そうした話題を更新していない、と。
 

 昨年から主に午前4時といった時間帯に起きるのが習慣となったのですが、木彫りはどうしても大きな音が発生することから、夜明けにはできません。
 木彫りをより良く仕上げようと心掛けたら、照明ではどうしてもダメで、太陽光(お日様の光)でないと、しっかりとした作品が出来上がりません。

2018年4月10日火曜日

vol.1603 一宮円空会 平成30年度の講座

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 今日の午後は一宮市へ行き、長谷川公茂先生が講師を務める一宮円空会の講座へ顔を出しました。
 

 平成30年度の講座の第1回目で、来月の頭には社会科見学があります。

2018年4月9日月曜日

vol.1602 荒子川公園を散歩しました

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 今朝は空き時間を利用して、港区にある荒子川公園を散歩しました。
 


 朝早かったことから、公園内を歩いていると、ひんやりと感じました。

2018年4月8日日曜日

vol.1601 金シャチ横丁を再訪しました

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 今日の午前中は空き時間を利用して、金シャチ横丁へ立ち寄りました。
 

 実を言うと、金シャチ横丁へはオープン当日の夜に向かったのですが、縦列駐車の列が凄かったことから、横目にして、通り過ぎていました。
 金シャチ横丁は飲食と物販の店舗が立ち並ぶ商業施設ということで、数カ月も経てば、オープン当初の賑わいはどこへやら、といったことになるのではないかな、と心配しています。

2018年4月6日金曜日

vol.1600 イオンで血管年齢測定

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 今日の午前中は所用で一宮市へ行き、イオンモール木曽川へ立ち寄ったところ、店内に血圧計と血管年齢測定器なるものが設置されていたことから、物は試しと計測。
 下の写真が測定結果で、僕の血管は年齢相応とのこと。
 

 少し前の更新(vol.1595)でも書いたとおり、健康が何かと気になる年齢になりました。

 以下は余談。
 春休みで姪っ子が遊びに来ており、また少し大きくなったけれども、いまだに抱っこをせがまれることから、喜んでしている。僕には子どもがいないことから、そうした何気ないことがとても幸せに感じるのだ。

2018年4月2日月曜日

vol.1599 ご当地 矢場とんスタンプ 矢場町本店

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 今日は春休みで拙宅に遊びに来ている甥っ子と一緒に栄へ行ったことから、昼食に矢場とんの「なつかしのカレー」を食べました。
 

 矢場とんの店舗で食事をしたことはありましたが、矢場町本店はこれが初めてでした。
 

 お会計を済ませた後、下の写真にあるように「ご当地矢場とんスタンプ」を捺しました。
 

vol.1598 五条川の夜桜見物

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 今、午前4時だ。空を見上げたら、朧月が見える。
 昨夜は所用の際に岩倉市内を流れる五条川へ立ち寄り、夜桜をざっと見物。大勢の見物客で賑わっていました。