2018年7月21日土曜日

vol.1688 久しぶりの更新

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 今日は某所で行われた仏教行事のお手伝いへ行き、美味しい昼食を食べました。
 下の写真がそれで、常日頃、粗食な僕には、上手に表現できませんが、体にとても良さそうなお料理でした。
 

 今週初めはクライン、ポルケ、ヴェンテ共編・佐々木勝彦、佐々木悠、濱崎雅孝共訳『キリスト教神学の主要著作』(教文館)を読みました。
 下の写真が表紙で、正確には本書で取り上げられていたブルトマン著『信仰と理解1~4』の箇所を読みました。
 

 以下は余談。
 少し前の更新(vol.1678)でも予告したとおり、更新自体が滞っているのではなくて、別の場所との兼ね合いです。さらに先週から今週(9日~17日)に掛けて、連日、不愉快なことが続いていたことも重なっていました。

2018年7月16日月曜日

vol.1687 夏、大好き。暑いの、大好き。

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 下の写真は正午過ぎに撮影。
 

 ブログで何度も話題に取り上げており、少し前からは近くの河川敷が朝ドラの撮影場所となったことから、そうした人が訪れるようになったとか。
 今日も最も暑いと思われる時間を外で過ごしました。そして、夏が大好きな僕でも、今日は少し暑いと感じました。
 これを書いている今、窓から入ってくる夜風がカーテンを揺らしています。

 以下は余談。
 僕はただ単に痩せているわけではない、ということで、下の写真は今の体脂肪率です(さすがにこれ以上は下げられません)。
 

 いつぞやも書いたけれど(vol.1659)、ダイエットをするなら、RIZAP(ライザップ)に支払うお金で、痩せたら着たい服を買うことだ。手段と目的を履き違えてはいけない。

2018年7月15日日曜日

vol.1686 「電気のマンホール」カード でんきの科学館

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 今日は東区と中区栄へ足を運びました。
 はじめに東区にある某所へ足を運びました。
 途中、下の写真にある碑を目にしました。
 

 次に栄へ向かうと、午前9時過ぎの気温は下の写真にあるように33度となっていました。
 

 久しぶりに公共配布カードの話題で、カード収集は止めたのですが、ついでがあったことから、下の写真はでんきの科学館とレゴランドとのスタンプラリーで、電気のマンホールカードの表にはレゴランドのキャラクターがデザインされたマンホールの写真となっていました。
 

 午前中、所用を済ませた後、引き続き、栄界隈にとどまり、午後2時前後の炎天下には、下の写真にある青空を見上げていました。
 

 次の目的地である昭和区へは時間の都合上、足を運べませんでした。

2018年7月14日土曜日

vol.1685 ずーーっと、夏ならいいのに。

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 今朝は午前3時に起床。
 午前4時過ぎ、外は鳥たちの鳴き声がうるさいくらいだ。窓から見ると、東の空から朝日が差してきて、木々や電柱、アンテナが赤く染まっている。
 日中は太陽の眩しい日射しが降り注いで、僕は青空を見上げ、嬉しくて、「夏だね」と、口にしていました。ずーーっと毎日、こんな夏の日が続けばいいのに。
 

 夕方、某所からの帰途、車の窓を全開にして、少し前の更新(vol.1681)で書いた村田和人さんの新しいアルバム「ド・ピーカン」を聴きながら、少し回り道をして、ドライブを楽しみました。
 今夜はこれから熱い風呂に入って、明日のために心と体をリフレッシュさせたいと思います。

 以下は余談。
 今日は5年先、10年先、20年先を見据えたものが、ちゃんとした形になって、ホッとしました。

2018年7月12日木曜日

vol.1684 見にトリップ 戦トリップ 産業観光・武将観光施設を巡るスタンプラリー

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 明後日14日(土)から、「見にトリップ 戦トリップ 産業観光・武将観光施設を巡るスタンプラリー」が開催されます(愛知県ホームページ新着情報、観光局観光振興課)。
 下の写真がそのポスターです(岐阜県観光企画課の報道発表資料)。
 

 スタンプラリーの参加施設(119箇所)を巡り、設置されたスタンプを集めると、「岐阜と愛知の特産品に応募が可能」とのこと。
 参加施設の一覧を見ると、僕が以前お世話になった荒川豊蔵記念館(岐阜県可児市)や瀬戸蔵ミュージアム(愛知県瀬戸市)などが記されており、以下の写真にあるようなスタンプを愛知・岐阜両県で、1個以上集めるようになっています(画像は一部加工しています)。
 

 昨今は便利で、安上がりなことから、デジタルスタンプラリー(モバイルスタンプラリー)が主流になりつつあるようですが、アナログ人間の僕はこうして自分で紙に押すスタンプラリーの方が好きです。

 以下は余談。
 今日はいつにもまして疲れ目を感じた。睡眠時間の短さ、読書、パソコン、車の運転と、目を酷使するからだろう(ただし、眠くはない)。ひょっとして、今週初めから続くストレスが原因か。

2018年7月11日水曜日

vol.1683 今日読んだ本と日本キリスト教団出版局

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 少し前(vol.1680)と前回(vol.1682)、「昨日、読んだ本 4冊について」というタイトルで更新したことから、さらに懲りずに続けようと思ったのですが、4冊以上読んでしまったことから、翌日ではなく(つまり「昨日」ではなく)、当日に更新することに。
 読んだ本を順に挙げると、鹿嶋春平太著『聖書のことがよくわかる本』(中経出版)、原作・秋沢公二、画・小倉豊共著『マンガ聖書の謎「死海文書」』(講談社)、マルグリット・フォンタ著、遠藤ゆかり訳『100の傑作で読む新約聖書ものがたり』( 創元社)、日本基督教団讃美歌委員会著『讃美歌21略解』(日本キリスト教団出版局)、曽野綾子『図解 いま聖書を学ぶ』(ワック)、ヘンリー・ウォンズブラ著、北和丈訳『ヴィジュアル版聖書読解事典』(原書房)で、正確に言えば、いくつかは読むというよりも、見るといった本でした。
 


 上の写真にもあるように『聖書』から外れて、「死海文書」や讃美歌といった周辺へ移りつつあります。そして、前回の更新(vol.1682)で書きましたが、やはり今日も日本キリスト教団出版局の本に目を通しました。クリスチャンではない人で、こんなにも日本キリスト教団出版局の本を読んでいるのは、ひょっとしたら僕だけかも。

 以下は余談。
 どことは書かなくても、分かる人には簡単に分かることから、今日の午後は下の写真の場所へ足を運んだのですが、2、3年前に消防カードをゲットするために訪れて以来なのでは、と思います。
 


2018年7月10日火曜日

vol.1682 続 昨日、読んだ本 4冊について

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 昨日の午後は予定が狂ってしまったことから、気分転換も兼ねて、下の写真にあるように富田正樹著『信じる気持ち』(日本キリスト教団出版局)と藤掛明著『人生の後半戦とメンタルヘルス』(キリスト新聞社)を読みました。
 


 富田正樹著『信じる気持ち』に記されていた「クリスチャン的思考」について、大変面白く感じました。
 クリスチャン的思考とは、1、三次元思考でいこう。2、誰もいないと思っていても。3、物事には始まりと終わりがある。4、求めよ、そうすれば与えられる。5、狭い門から入れ。6、明日は明日の風が吹く。7、みんなちがって、みんないい。8、すべてのことはメッセージ。9、共に笑い、共に泣く。10、自分のように人を愛しなさい。11、天の国はここに。12、やりなおしのきく人生、となっていました。
 とりわけ僕が気になったのは、9の「共に泣く」で、一緒に笑ったり、喜んだりする人はいるけれど、一緒に泣いてくれる人は(僕には)いないだろうから。
 他にも、小栗献著『よくわかるキリスト教の礼拝』(キリスト新聞社)と春名康範著『人生、一歩先は光』(日本キリスト教団出版局)を読みました。
 ふと、気がついたのですが、話題が前々回の更新(vol.1680)と似た内容だ、ということで、タイトルも。また、僕はクリスチャンでもないのに、『聖書』だけでなく、日本キリスト教団出版局の発行する本を立て続けに何冊も読んでいるのでは、と。

 以下は余談。
 今日の午後は長谷川公茂先生が講師を務める一宮円空会の講座へ顔を出しました。
 

2018年7月8日日曜日

vol.1681 村田和人&HIS FRIENDS 「ド・ピーカン」

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 今日のお昼休みは先月末に発売されていた村田和人&HIS FRIENDS のアルバム「ド・ピーカン」を購入。
 下の写真がそれで、CDジャケットの村田さんの笑顔がとっても素敵です。
 

 村田さんがライブで「次のアルバムは」と何度も口にされていたのを覚えています。これほど発売が待ち遠しかったアルバムは他にないし、これほど皆の想いの詰まったアルバムは他にないのでは、と。
 陰ながら、村田さんのファンのひとりとして、「ド・ピーカン」を届けてくださった HIS FRIENDS の皆様へ深い感謝の言葉を記したい。ありがとうございます。
 今年の夏も村田さんの音楽と一緒に過ごせて、僕は幸せです。

 以下は余談。
 今日の午前中は名古屋市昭和区の某所にて、温かく迎えていただきました。

2018年7月4日水曜日

vol.1680 昨日、読んだ本 4冊について

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 昨日の午後は予定が狂ってしまったことから、気分転換を兼ねて、4冊の本を読みました。併せて、簡単な感想を記しておきたい。
 

 フィリップ・セリエ著、支倉崇晴・支倉寿子訳『聖書入門』(講談社選書メチエ)
 新約聖書の箇所(約半分)に目を通しました。「神殿から追い出された商人たち」の中に記されていた「神殿の商人」という言い回しの解説がとても分かりやすかったです。いわゆる「宮清め」。
 

 橋本陽介著『日本語の謎を解く』(新潮選書)
 例文が逐一示されており、へえ、ふうん、なるほど、といった具合に読み進みました。副題に「最新言語学Q&A」とあることから、そうした解き方も、為になりました。
 

 樋野興夫著『いい人生は、最期の5年で決まる』(SB新書)
 一言で言えば、お医者さんらしい啓発本でした。内村鑑三や新渡戸稲造といった偉人たち(の名言)を引き合いに出しているところが、著者らしさなのだろう、と。
 

 ひろさちや著『「孤独」のすすめ』(SB新書)
 ひろさちやさんの書いたものは、これまでにも読んだことがありました。これはちょっと突き抜けているといった印象で、面白かったです。「に」ではなく、「を」である、と。

 以下は余談。
 今朝(午前5時)は雨が降っている。朝刊の週間天気予報(木、金、土曜)を目にしたら、今週は傘のマークが並んでいることから、梅雨らしい日が続くのかな、と。僕は晴れ男だけれども、以前ほど雨降りが嫌いでなくなりました。

2018年7月3日火曜日

vol.1679 予告 村久野会館 円空仏特別講演 2018

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 すいとぴあ江南の主催による長谷川公茂先生の講演と音楽寺の円空仏拝観が8月24日(金)の午後に予定されています。
 下の写真が案内のチラシです。
 

 今年も嬉しいお知らせをお届けできることに僕は喜んでいます。
 昨年のそれはブログの1500回目の更新(vol.1500)と重なり、「相応しい内容となりました」と記していました。
 すいとぴあ江南のホームページ内にも「広報」として、同様の案内が掲載されていることから、ご参考までに。

 以下は余談。
 薄紫色の夜明けだ。先ほど朝食を食べている際に、W杯の日本対ベルギー戦を見ていた。日本が勝っているなと思いきや、あれよあれよという間に同点に追いつかれていた。
 さて、「以下は余談」と称しながら、大事なことをさりげなく、ここにこうして書き記してきたけれど、それに気づいた人はどのくらいいたのであろうか。

2018年7月2日月曜日

vol.1678 ブルトマン著「ヨハネ福音書の終末論」(1928年)を読んで

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 過日、『ブルトマン著作集11』神学論文集1(新教出版社)に収録されている「ヨハネ福音書の終末論」を読みました。
 率直に言って、難しかった。書かれている内容の半分も理解できなかった。でも、それで良い。満足だ。僕は凡夫で、研究者でもなければ、クリスチャンでもないのだから。
 本稿の内容は大きく1から5に分けられている。とりあえず、1の内容を(僕なりに)まとめてみたのが、以下である。

 『ヨハネによる福音書』において、
  1、「生命」という概念がどのように理解されているのか。
  2、「世」とは何を意味するのか。
 「世」は何よりも人間を意味する。人間は世そのものである。人間は被造物であり、世を生ぜしめた「言(ことば)」は、ずっと以前から「人の光」として世にある、と『ヨハネ福音書』の最初に示されている。

 一 初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
 二 この言は初めに神と共にあった。
 三 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
 四 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。

 だから、「世」は宇宙論的理論に基礎を置かず、この創造思想から生じる。人間の存在が世にある、ないしは世から出た存在と考えられることから、世の存在になる。人間の世、その存在は(イエスによる)啓示によって、2つの可能性、「死」と「生命」を生じさせる結果となる。

 以上、簡単にまとめてみたけれど、素人ゆえ多分に間違っているところがあるだろう。お許しいただきたい。また、ご指摘いただければ幸いです。
 

 続く2の内容については、生命とは何なのか。また、信仰について。3の内容については、「言葉が肉体となった」啓示者イエスが到来し、語りかける時が終末論的今と、こうして内容は5まで続いている。しかし、今回の更新はもうこの辺りで、筆を擱くのが賢明であろう。
 最後に、例によって、ブルトマンは1884年生まれだから、44歳の時に発表した論文である。

 以下は余談。
 『聖書』とブルトマンの著作に関する更新は以前(vol.1673)にも書いたように大変不評であることから、今後はツーリングの記事などと同様、別の場所で書きたいと思う。これにより、更新回数が大幅に(総じて)減ることになるけれど、仕方ない。

2018年7月1日日曜日

vol.1677 ブルトマン著「ヨハネ第一の手紙の分析」(1927年)を読んで

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 以前の更新(vol.1669、vol.1671)と関連して、『ブルトマン著作集7』聖書学論文集1(新教出版社)に収録されている「ヨハネ第一の手紙の分析」を読みました。
 

 著者であるブルトマンは冒頭、次のように述べている。

 「以下の論述は、私の結論に、紙幅相当の簡単な基礎づけをつけて提示するものである。(中略)福音書と手紙との詳細な注解書を準備中であること、こうした研究の一部を簡潔な姿で呈示するのは価値あることに私には思える(本書193ページ抜粋)」。

 準備中の詳細な注解書について、僕は既に目を通した(杉原助訳『ヨハネの福音書』日本キリスト教団出版局、川端純四郎訳『ヨハネの手紙』日本キリスト教団出版局)ことから、今回の更新では、著者の言葉を借りれば、「簡潔」に述べるにとどめたい。すなわち、僕自身が気になって、後々、内容を確かめるための備忘録として。

 序文(一・一~四)の後に記されていることについては、本書194ページ7行目以降。
 反対命題の特徴でもある、分詞文について(光と闇、留まると歩く、愛すると憎む)は、本書202ページ4行目以降。
 愛については、本書209ページ2行目。
 確信については、本書210ページ5行目以降。
 告白については、本書212ページ10行目以降。

 「ヨハネ第一の手紙の分析」を読むと、ブルトマンは『ヨハネの第一の手紙』の著者、いわゆる書き手の文体の分析を何度も行い、その特徴を記している。そこが僕はブルトマンらしくて、実に面白く感じた。以下にいくつかの例を挙げると、

 「以上で挙げた言い廻しは、上述の反対命題の形で記されている文の外部で見られるものであって、著者の文体の特徴であると共に、説明し解釈する説教調の叙述の文体の特徴である(本書199ページ引用)」。
 「著者は、ある概念を説明するために、それとは逆のことをあらかじめ述べてこれを否定しておく、というやり方を好むという点がその一つである(本書200ページ引用)」。
 「肯定的規定に先立ってそれと逆のものの否定をおくという著者の傾向に一致している(本書202ページ引用)」。
 「彼はまたもや説教調の呼びかけと手紙を書くとの言及によって導入している(本書202ページ引用)」。

 誰しも書き癖というのがあり、どんな作家にも、僕にもあって、文章を読んでいると、その人が書いたことが分かるようになる。ブルトマンは『新約聖書』の書き手に関して、釈義家らしく、その書き癖を熟知している。
 ということで、結論を書くと、本論は『ヨハネの第一の手紙』の文体の分析である。
 最後に、例によって、ブルトマンは1884年生まれだから、43歳の時に発表した論文である。

 以下は余談。
 日曜日の朝ということで、いつもより少し遅い時間(午前5時)に起きて、これを書いている。

2018年6月29日金曜日

vol.1676 ベストセラーに良書なし(『聖書』を除いて)

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 『聖書』とブルトマンの著作、及びキリスト教関係以外の本も、もちろん読んでいます。
 昨日の午前中は空いた時間を利用して、今更ですが、下の写真にあるように数年前、女性たちの間で、ベストセラーになった『フランス人は10着しか服を持たない』を読みました。
 

 本書の169ページには、「『最近なにか面白い本を読みましたか?』 知り合ったばかりの人には、こんな質問が最適だ」と書かれていました。
 

 僕は今から約30年前、既にそれ(最適な質問)と全く同じことをしていたことから、この文章を読んだ瞬間、思わず笑ってしまいました。
 『聖書』以外は、まさしくベストセラーに良書なし、です。

 補足しておくと、僕は大学へ入った際、新しく知り合ったばかりの先輩や友人たちに「最近、読んで面白かった本を教えて?」「今まで読んだ中で一番感動した本は何?」といった類の質問を繰り返していました。もちろん教授や助教授、非常勤講師にも。翌年には後輩たちにも同じ質問をしていました。
 当時100人以上に質問したはずで、その中から、僕が最も凄いなと感じた返事は、やはり恩師のK先生(教授)であり、僕はK先生の薦めてくれた作家の全集を大学の図書館で借りて、読み耽りました。
 そして、今現在、また同じ質問をしたら、僕を驚かすような返事をしてくれる人は、もうどこにもいないかもしれない。
 ちなみに僕が同様の質問を受けたら、返事はブログに何度も書いているように、「ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』」です。何だかこうして書いているうちに、『カラマーゾフの兄弟』を読み返したくなってきました。

 以下は余談。
 今日の午前中は長谷川公茂先生と打ち合わせでした。続けて、長谷川先生と一緒に昼食を食べながら、楽しい円空談義で、幸せな時間を過ごしました。

2018年6月28日木曜日

vol.1675 続 『週刊新潮』食べてはいけない「国産食品」実名リストを読んで

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 少し前の更新(vol.1662)の続きで、昨夕は『週刊新潮』に掲載された「食べてはいけない国産食品実名リスト第6弾」の記事を読みました。取り上げられていたカップラーメンはもちろん口にしていました。
 さらに今日発売の本誌には、第7弾として、老化を早めるリン酸塩入りパン全86商品の脂質ランキング、味覚破壊が進む調味料全84商品とあります。
 

 一方、同日発売の『週刊文春』には、「『週刊新潮』の食べてはいけない国産食品実名リスト」は本当に食べてはいけないのか」とあり、新潮記事に評価書を引用された内閣府食品安全委員会の困惑、東大名誉教授は「新潮記事に科学的信頼性はありません」、新潮コメント識者も「消費者の不安を煽る記事で粗がいっぱい」とありました。
 

 週刊誌の記事を書く人たちは、まさに売文業で、実に大変だろうな、と。そして、『聖書』とブルトマンの著作について書かないと、今回の更新のように、その内容は週刊誌のそれよりも、薄べったくなりました。

 以下は余談。
 今朝も例によって、早起きで、小雨が降っていました。ようやくこの時間になって、雨も止み、鳥たちのさえずりが聞こえてきました。

2018年6月27日水曜日

vol.1674 『聖書』とブルトマンの著作を読んでいる理由

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 前回の更新(vol.1673)に関連して、僕が『聖書』とブルトマンの著作を読んでいる理由について。
 まず、これを先に書いておくのが正しい順番であった、と反省。さらに前回の更新(vol.1673)の前置きだけでは、読者に対して言葉が足らない、とのこと。
 たとえ分からなくても、何度も読み返して、自分なりに理解することが大事なのだ。分かったときの喜びは大きいし、真の勉強とは自分のためにするのである。間違っても(大学や国家資格などの)試験に合格するためにするものではない。ましてや偏差値は人生の指針ではない。
 少し話題が逸れるけれども、先手を打っておきたい。例えば、医学部の入試に合格するのは大変だけれども、病気を治すことができるのは医者とは限らないというのが僕自身の経験だ。また、医者に掛かっても、治らなかった人を僕は身近に何人も知っている。
 死は病気じゃないから、誰にも治せない。『ヨハネによる福音書』第一一章に記されているラザロを甦らせたイエスの奇跡を読んだときは素直に感動した。本を読んで感動する心は真の勉強によって養われるが、歳を重ねることに難しくなる(自明の理)。錆びついた心を治すのはもちろん医者ではない。
 そして、冒頭の話題に戻る。もし分からなければ、何度でも読み返せばいい。人生も同じだ。
 

 『ヨハネによる福音書』
 第一一章
 四三 こう言いながら、大声で「ラザロよ、出てきなさい」と呼ばわれた。
 四四 すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。イエスは人々に言われた、「彼をほどいてやって、帰らせなさい」。

 仮にあなたの愛する人が、寿命ではなく、不慮の事故等で若くして亡くなり、もしも生き返ったとしたら、その感動は奇跡と呼ぶ以外に、おそらく言葉にはできないであろう。

 以下は余談。
 今日読んだ本は藤代泰三著『キリスト教史』(講談社学術文庫)と加藤隆著『「新約聖書」の誕生』(講談社学術文庫)です。
 


 4月中旬から、これだけ多くのキリスト教関係の本に目を通していると、まるで神学部の学生になったような気分になります。

2018年6月26日火曜日

vol.1673 千面菩薩の薬師如来像を彫りました

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 連日、更新している『聖書』とブルトマンの著作に関する話題が不評である。それはもちろん、僕の筆の力不足が原因だ。けれども、いつぞやの更新(vol.1557)でも書いたように、もう誰も読んでくれなくてもいい。自分が書きたいことを書くだけだから、清々しい気分、この上なし。僕の言葉が届くべき人には、ちゃんと届いているはずだからと、そう確信している。
 唯一の心残りとしては、別のところにも書いたように、「(今現在、そして、きっと未来においても)読んだ感想を誰とも話し合えないのが、何とも寂しい。学生時代ならば、恩師のK先生と、そうした会話が弾んだはずなのに」ということ。ことブルトマンの記述に関しては、かなり高度で、高級なこと(大学の講義内容程度)を書いているつもりだけれども、どうにも伝わっていないらしく、冒頭にも書いたように、僕の筆の力不足が原因だ。
 前置きがいささか長くなってしまった。さて、本題に入ろう。
 今日の午前中は千面菩薩の薬師如来像を彫りました。
 下の写真がそれで、母親が病気の我が子を看病して、慈しむ心を、像の(顔の)表情に託して、彫りました。
 

 画像をクリックした後、ダウンロードして、像の(顔の)表情をアップでご覧いただければ、微笑んでいるのが手に取るように分かるはずです。
 薬師如来像の他にも、以前の更新(vol.1663)で触れた迦楼羅像は既に発送済みで、さらにその続きです。
 

 以下は余談。
 昨日の午後は長谷川公茂先生に随行して、円空仏の写真撮影のお手伝いをしました。
 その後、下の写真にあるように喫茶店にて、楽しい円空談義で、幸せな時間を過ごしました。
 

2018年6月25日月曜日

vol.1672 ZARAのサマーセール

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 少し前の更新(vol.1621)に関連して、サマーセールのお知らせが届いたことから、昨日の午後は栄にあるZARA名古屋店へ行きました。
 ニュースレターには「店舗は21日(木)スタート」とありましたが、諸事情により、すぐには足を運べませんでした。
 セールということで、店内はいつもと比較して、お客さんの数が多かったです。
 

 例によって(vol.1574)、僕の制服である無地のオックスフォードシャツを購入しました。

 以下は余談。
 大相撲の名古屋場所が近付いてきて、幟を目にするようになりました。
 下の写真は東区の建中寺にある九重部屋宿舎の幟です。
 

2018年6月24日日曜日

vol.1671 『ヨハネの第一の手紙』第三~五章(自己解説)

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 前々回の更新(vol.1669)からの続きで、『ヨハネの第一の手紙』の解釈。

 第三章
 二一 愛する者たちよ。もし心に責められるようなことがなければ、わたしたちは神に対して確信を持つことができる。

 第四章
 一〇 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。
 一二 神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。
 一五 もし人が、イエスを神の子と告白すれば、神はその人のうちにいまし、その人は神のうちにいるのである。

 第五章
 七 あかしをするものが、三つある。
 一四 わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。
 一五 そして、わたしたちが願い求めることは、なんでも聞きいれて下さるとわかれば、神に願い求めたことはすでにかなえられたことを、知るのである。
 

 第四章第一五節の「もし人が、イエスを神の子と告白すれば、神はその人のうちにいまし、その人は神のうちにいるのである」は、一見すると、何でもないような言葉が、さらりと記されている。
 また、「確信」という言葉が出てくる。それも2度。まるでキーワードのようで、この言葉に特別な強さ(『ヨハネの第一の手紙』の著者の思い入れ)を感じた。

 以下は余談。
 日曜日の朝だというのに、いつものように午前4時に起きている。鳥たちのさえずりを耳にしながら。何とか暇無しとは、よく言ったものだと。

2018年6月23日土曜日

vol.1670 岐阜県博物館「兼定 刀都・関の名工」展と岐阜現代美術館「篠田桃紅 挿絵の仕事」展

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 昨日は長谷川公茂先生に随行して、関市へ行きました。
 はじめに岐阜県博物館で開催されている「兼定 刀都・関の名工」展を見学して、展示されていた土方歳三の愛刀を目にしました。
 

 併せて、企画展示室で行われていた「明治150年」展も見学。
 実を言うと、先月中旬(vol.1633)、岐阜県博物館の前学芸部長であるT様とお会いして、招待券を頂戴していたことから、足を運びました。
 続けて、昼食にと、うなぎの名代 辻屋へ行き、うな丼を食べました。
 

 うなぎは皮がパリパリで、香ばしく、とても美味しかったです。
 次に少し走って、関市文化会館へ立ち寄った後、岐阜現代美術館へ足を運びました。
 下の写真がそれで、上は関市文化会館の館内に展示されている大きな円空仏の模刻で、下は岐阜現代美術館の外観です。
 


 最後に喫茶店にて、円空さんに関する打ち合わせと楽しい円空談義で、幸せな一日を過ごしました。
 

 文末になってしまいましたが、岐阜県博物館の副館長様をはじめとして、職員の皆様には、大変お世話になりました。この場を借りて、お礼申し上げます。

 以下は余談。
 うなぎと言えば、家持が詠んだ「石麻呂(いしまろ)に われもの申す 夏痩せに よしといふものぞ 鰻とり食(め)せ」で、石麻呂さんもきっと僕のような身体をしていたのだろう、と。

2018年6月22日金曜日

vol.1669 『ヨハネの第一の手紙』第一~二章(自己解説)

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 『ヨハネの第二の手紙』(vol.1636)と『ヨハネの第三の手紙』(vol.1635)と併せて、既に先月、読んではいたけれど、理由あって、取り上げるのが遅くなってしまった。何事も順番通りに行かないのが世の常だと。

 第一章
 一 初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちの言について
 二 このいのちが現れたので、この永遠のいのちをわたしたちは見て、そのあかしをし、かつ、あなたがたに告げ知らせるのである。この永遠のいのちは、父と共にいましたが、今やわたしたちに現れたものである
 三 すなわち、わたしたちが見たもの、聞いたものを、あなたがたにも告げ知らせる。それは、あなたがたも、わたしたちの交わりにあずかるようになるためである。わたしたちの交わりとは、父ならびに御子イエス・キリストとの交わりのことである。
 五 わたしたちがイエスから聞いて、あなたがたに伝えるおとずれは、こうである。神は光であって、神には少しの暗いところもない。

 第二章
 二 彼は、わたしたちの罪のための、あがないの供え物である。ただ、わたしたちの罪のためばかりではなく、全世界の罪のためである。
 六 「彼におる」と言う者は、彼が歩かれたように、その人自身も歩くべきである。
 一一 兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩くのであって、自分ではどこへ行くのかわからない。やみが彼の目を見えなくしたからである。
 一六 すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、持ち物の誇は、父から出たものではなく、世から出たものである。
 一八 子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。
 二四 初めから聞いたことが、あなたがたのうちに、とどまるようにしなさい。初めから聞いたことが、あなたがたのうちにとどまっておれば、あなたがたも御子と父とのうちに、とどまることになる。

 『ヨハネの第一の手紙』の書き出しを読んだら、『ヨハネによる福音書』の冒頭を彷彿とさせた。「言(ことば)」「命(いのち)」「光」「やみ(闇)」とあり、書いてある内容は、ほぼ同じではないか、と。
 だから、僕は嬉しくなった。なぜなら、そのどちらも暗唱したいと思うような内容が綴られていたからだ。実際に『ヨハネによる福音書』の冒頭、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」を僕は暗唱できる。
 そして、序文というものは、こういうふうに書くのだ、と教えられた気がする。言わずもがな、『聖書』は(「永遠の命」が記されている)ベストセラーだから。
 第三章以降は長文になることから、次回の更新に譲りたい。
 

 『聖書』の該当ページに関して、いつもは読み始める前に写真を撮っているのだが、今回だけは(理由あって)読み終わってから写真を撮ったことから、余白に書き込みがあって、いささか見苦しいことをお許しください。

 以下は余談。
 ほとんど毎日、こうして午前4時に起床していても、日中、眠くはならないけれど、目が疲れるのか、目の下のクマがいささか目立ってしまい、(疲れているように見えるらしく)困っている。

2018年6月21日木曜日

vol.1668 ブルトマン著「最近解明されたマンダ教・マニ教資料とヨハネ福音書」(1925年)を読んで

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 前回の更新(vol.1667)と関連して、『ブルトマン著作集7』聖書学論文集1(新教出版社)に収録されている「最近解明されたマンダ教・マニ教資料とヨハネ福音書」を読みました。
 

 本論文の意図するところは、ブルトマンの言葉を借りれば、「ヨハネ福音書の底にあの神話があることを、福音書の個々の文章に上述の諸テクストから引用された平行例を並べるという仕方で、証明してみよう(本書104ページ抜粋)」にある。そして、具体例が提示され、それぞれが比較されて、それに対してのブルトマンの釈義が述べられている。
 上記の抜粋にある「あの神話」について、話を戻し、ブルトマンの言葉を引用しておくと、

 「つまりそれ(イエスの啓示)の背後には、事実強力な神話が潜んでいるのであって、それを認識することこそヨハネ福音書の正しい理解のための第一歩なのである。それを認識する上で助けになるのは、リツバルスキーの版によって初めて実際に学問的に用いるようになったマンダ教のテクスト、ならびに新しく発見されたマニ教の資料である(本書103ページ引用)」。
 「(中略)救済神話は、簡潔に描写すれば次の通りである。すなわち、天から下った遣わされた者は、地上で捕らわれていた霊魂に、それの起源、故里及びそこへの帰還についての啓示をもたらす。遣わされた者は、地的・人間的な衣をまとって現われ、栄光の中に(天へ)上る(本書103ページ引用)」。

 であって、さらに付言すると、

 「ヨハネ福音書のイエスの姿を理解するためには、この遣わされた者の像こそが何よりも重要なのである(本書104ページ引用)」。

 となっている。
 かくして、平行例を示して、「詳論の主要な意図は達せられた(本書176ページ抜粋)」と記した後には、次のように述べられていた。

 「ヨハネ福音書は特定の文献に依存しているのかどうか、また、ヨハネ的キリスト教に影響を与えた特定の宗教共同体が検出できるかどうか、という問題である(本書178ページ抜粋)」。
 「マンダ教のテクストを読む人は、ヨハネの用語との強い文体上の親近性に気付くはずである(本書178ページ抜粋)」。

 ただし、本書の巻頭に付された解題によれば、この場合のブルトマンの釈義は、最近の研究にて否定されているらしい(事実がどうあれ、僕個人はブルトマンの釈義を善しとしている)。
 そして、本稿の結論へと続くのだが、それは書かない。その代わりに『ヨハネによる福音書』を読むにあたって、大変参考になるであろう、巻末に記された言葉を以下に引用しておきたい。

 「啓示はすべての人間的なものの否定、すべての人間的な問の拒否、すべての人間的な答の拒絶、人間自身の疑問視としてだけ示されているのである(本書183ページ引用)」。

 併せて、僕自身が本論を読んで、知りたかった答えが記されていた箇所を以下に引用して、今回のまとめとしたい。

 「彼の運命は彼らの運命であり、彼の救済は彼らの救済なのである。彼らが、忘れていた自分の故里を再び認識するならば、つまり彼らが自分の起源と自分の霊魂の運命の目標とを知るならば、彼らはすべての『知識』を所有しているわけだし、その知識がすなわち彼らの『救い』なのである(本書182ページ引用)」。

 最後に、例によって、ブルトマンは1884年生まれだから、41歳の時に発表した論文である。

 以下は余談。
 今日は夏至。いつもの時間に起床しても、外が明るいから、寂しくなくていい。

2018年6月20日水曜日

vol.1667 続 ブルトマン著「福音書の考察若干」(1928/30年)を読んで

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 前回の更新(vol.1666)からの続きで、ブルトマンの論文「ヨハネ福音書の考察若干」におけるBの「神を見た者はまだひとりもいない(ヨハネ一・一八)」について。
 論文は杉原助訳『ブルトマン著作集7』聖書学論文集1(新教出版社)に収録されています。
 

 前回の更新(vol.1666)で取り上げたAの「真理」と、今回取り上げるBの「神を見た者はまだひとりもいない(ヨハネ一・一八)」を比較すると、こちらが僕にとって求めている内容でした。

 神が現われることがあっても、その場合もその顕現は秘密に包まれている。彼は姿を人間に変えてしか現われないし、その真の本質を何となく感じとらせるだけである。忽然とその姿が消えるので、最後になって、出会った相手が神であったとわかるのである(本書290ページ引用)。

 『ヨハネによる福音書』
 四・二六 イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。
 八・二五 そこで彼らはイエスに言った、「あなたは、いったい、どういうかたですか」。イエスは彼らに言われた、「わたしがどういう者であるかは、初めからあなたがたに言っているではないか。
 九・三七 イエスは彼に言われた、「あなたは、もうその人に会っている。今あなたと話しているのが、その人である」。
 一四・九 イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。

 つまり、神を見ることができない理由は、科学的にでなく、宗教的に考えられているのである(本書291ページ引用)。
 人間は誰も神を見ることはできない。なぜなら、同一物は同一物によってしか認識されないからである。したがって、神を認識したいと思う者は、新しい目を与えられ、変えられねばならない(本書295ページ引用)。

 僕が思うに、神は(当然ながら)見えないのだ。だから、神を内面化して、確信すれば、啓示によって、いつでもどこでも見えるのだ、と気がつきました。
 『ヨハネによる福音書』にも、確かにそう書かれています。
 それは「光」である、と。

 『ヨハネによる福音書』
 八・一二 イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。
 九・五 わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
 一二・三五 そこでイエスは彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなたがたと一緒にここにある。光がある間に歩いて、やみに追いつかれないようにしなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこへ行くのかわかっていない。
 一二・三六 光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい」。イエスはこれらのことを話してから、そこを立ち去って、彼らから身をお隠しになった。

 最後に、僕から付け加えておくことがあるとしたら、ブルトマンは1884年生まれだから、46歳の時に発表した論文であり、以前の更新(vol.1654、vol.1655、vol.1656)で取り上げた『ヨハネの福音書』(日本キリスト教団出版局)の予備研究であることは言うまでもない。

2018年6月19日火曜日

vol.1666 ブルトマン著「ヨハネ福音書の考察若干」(1928/30年)を読んで

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 前回の更新(vol.1665)と関連して、『ブルトマン著作集7』聖書学論文集1(新教出版社)に収録されている「ヨハネ福音書の考察若干」を読みました。
 「ヨハネ福音書の考察若干」はその内容が大きく2つに分けられて、A、「真理」。B、「神を見た者はまだひとりもいない(ヨハネ一・一八)」となっていた。
 今回の更新では、Aの「真理」について述べてみたい。
 

 Aの真理についても、その内容が2つに分けられて、1、旧約聖書およびその影響下における真理概念。2、ギリシア文献とヘレニズム文献における真理となっていた。

 旧約の「真理」の概念の問題性はXXL(七十人訳ギリシア語旧約聖書)がヘブル語の「エメト」を、「真理、真実」とも、「真実、信仰」とも訳すことができる、という点に示されている。したがって「エメト」の基本的な意味は「真理」のそれとは違ったものであるはずである。というのは、「真理」というギリシア語からは上記の多様な訳し方は理解しえないからである。したがって「エメト」の基本的意味を捉え、それをもとにして、そこから生じうる多様な訳し方を把握することが大切になる(本書225ページ引用)。

 本論では「エメト」の語源、意味、用法等について、丹念に記されていた。それがいかようにして「真理」と訳されているのか。ギリシア文献とヘレニズム文献において、「真理」の意味するところが(ブルトマンらしい釈義で)示されている。
 僕はブルトマンの釈義が大好きだと改めて感じた。『聖書(「ヨハネによる福音書」)』の内容はクリスチャンでない素人の僕には分からないこと(謎)だらけ。しかしながら、ブルトマンの著作を読むと、すっきりとした気分になる。いつぞやも書いたけれど、それが古かろうが、間違っていようが、自分が納得できれば、それこそが最善(真実)である。こと宗教に限っては。親鸞聖人が法然上人を信じたように。
 最後に、Bの「神を見た者はまだひとりもいない(ヨハネ一・一八)」については、次回の更新で。

 以下は余談。
 今朝は目覚ましがなくても、午前4時ちょうどに目が覚めた。習慣というものは恐ろしいものだ。恐ろしいと言えば、昨日の朝、発生した大阪北部を震源とする地震は長い間、揺れを感じた。午後になって、テレビのニュース映像を見ていたら、国立循環器病センターなど、僕にとっては懐かしい景色が映し出されていた。

2018年6月18日月曜日

vol.1665 ブルトマン著「ヨハネ福音書の序文の宗教史的背景」(1923年)を読んで

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 昨日の朝はブルトマンが1923年に書いた論文「ヨハネ福音書の序文の宗教史的背景」を読みました。論文は杉原助訳『ブルトマン著作集7』聖書学論文集1(新教出版社)に収録されています。
 以前の更新(vol.1610)にも書きましたが、僕が初めて『ヨハネによる福音書』を読んだのは高校生の頃で、今から約30年前のこと。その序文「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」は僕が『聖書』の中で、最も親しんだ箇所であり、ブルトマンがそれについて書いているとあっては、どうしても読まずにいられません。
 

 さて、論文に関しては、細部(序文)を取り上げていることから、同じ作者の『ヨハネによる福音書』全般を論じた著作『ヨハネの福音書』(日本キリスト教団出版局)よりも、さらに細かな分析になっており、微に入り細を穿つようで、読んでいて、難しかったというのが、正直な感想です。
 以下は僕がいつも読んでいる『ヨハネによる福音書』口語訳の「言(ことば)」と訳されているロゴスについての話題で、興味のない人は読び飛ばしてもらっても構いません。
 ブルトマンは論文の冒頭で、以下のように提議している。「どこまでが先住のロゴスについて語っていて、どこからが歴史に登場したロゴス、すなわちイエスについて語っているのか(本書41ページ引用)」と。
 また、ロゴスはそれ以前、ソフィア(知恵)であって、知恵は預言者に霊感を与える、と述べている(本書56ページ)。

 「知恵が語ることをそれから遣わされた者が語るのであり、また逆に遣わされた者の言葉は智恵そのものの言葉なのである。遣わされた者において、知恵そのものが現われ、自己を啓示するのである。だから説教するのは知恵自らなのである(本書57ページ引用)」。
 「隠れていながらそこから繰返し地上に降りてきて、その遣わされた者、すなわち預言者の姿に化身するのは、根本的には知恵そのものなのである(本書59ページ引用)」。
 「まず最初にアダムにおいて歴史的に現われ、次いでエノク、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、という一連の預言者たちにおいて自己を啓示し、最後にキリストにおいて現われるのである」(本書60ページ引用)。
 「ヨハネ福音書においては、創造の神性者と啓示の神性者とが組み合わされた存在がロゴスとして登場している(本書68ページ引用)」。

 以上は僕自身が後々、内容を確かめるために簡潔にまとめた要点です。
 以下の2つは『ヨハネによる福音書』の書き手についてで、これも僕自身が後々、内容を確かめるための備忘録です。

 「キリスト者である読者は一〇~一一節からイエスの生涯の悲劇を想起させられたに違いないことは明らかであるから、著者がそれを考えなかったとは想像しにくい(本書42ページ引用)」。
 「福音書記者自身の手になる言葉は一四節から始まっているのだ、と考える、他の可能性も存在している(本書66ページ引用)」。

 また、序文とは直接関係ありませんが、文末に記されていた事柄を、これもまた僕自身が後々、内容を確かめるために。

 「だが私(筆者であるブルトマンを指す)はここでは、この福音書では第三章と第五章とにおいてこの思想圏に由来する重要な諸命題が述べられた直後に、第一章におけると同様、証しのテーマが再び現われ、洗礼者がイエスの証人としての役割を演じぬくという事実に注意を喚起するにとどめたい(本書68ページ引用)」。

 最後に、僕から付け加えておくことがあるとしたら、ブルトマンは1884年生まれだから、39歳の時に発表した論文であり、以前の更新(vol.1654、vol.1655、vol.1656)で取り上げた『ヨハネの福音書』(日本キリスト教団出版局)の予備研究であることは言うまでもない。

 以下は余談。
 早起きをして(今朝は午前4時前)、近頃は少し前の更新(vol.1661)でも書いたように、こうして一銭にもならないことをしている自分を客観視したら、太るはずもないし、道理で嫁さんも貰えんはずだと、思わず苦笑しました。

2018年6月17日日曜日

vol.1664 丸栄のあゆみパネル展とエレベーターの扉絵

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 昨日のお昼休みは丸栄へ行き、少し前の更新(vol.1657)で書いた東郷青児のエレベーターの扉絵を見てきました。
 

 本来ならば、こちらが本家本元で、先に取り上げるべき。しかしながら、僕が丸栄で買い物をしたのは数回程度の記憶しかありません。
 下の写真は7階で開催されている丸栄のあゆみパネル展で、僕の興味を引いたのは「懐かしの手提げ袋コレクション」でした。
 

 会場では、今月末での閉店を惜しむ人の姿、とりわけシニアの人たちを数多く目にしました。

 以下は余談。
 百貨店の手提げ袋(包装紙)といえば、名古屋では松坂屋のカトレアを思い浮かべる人も多いと思いますが、僕が最も馴染み深いのは阪急百貨店(千里阪急)のそれです。